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俳人の説明

管理人による説明

芦田秋窓に学び俳誌「大樹」を主宰した昭和期の俳人。司法保護司として大阪拘置所の死刑囚に俳句を指導した。

生涯と俳句歴

北山河(きた さんが)は、1893年(明治26年)7月28日に京都で生まれた昭和期の俳人である。本名は北楢太郎である。

1907年(明治40年)ごろ、家族とともに大阪へ移り、父と菓子店を営んだ。このころから俳句に親しみ、芦田秋窓に師事した。はじめの号は北星である。1927年(昭和2年)、秋窓を主幹として俳誌「大樹」を創刊した。1936年(昭和11年)に秋窓が亡くなると「大樹」の主宰を継ぎ、号を山河と改めた。

戦後は大阪で司法保護司を長く務めた。1949年(昭和24年)からは大阪拘置所で死刑囚に俳句を教え、のちに大阪刑務所や神戸少年院でも指導した。山河の指導を受けた死刑囚は68人にのぼり、無期の受刑者などにも俳句を教えていた。

1958年(昭和33年)12月5日に65歳で亡くなった。編著に『大樹作家句集』がある。没後、その足跡と死刑囚の作品をまとめた『処刑前夜』や、句集『山河』『山河五百句抄』が刊行された。

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参考にさせていただいたWebサイト様
北山河 -- Wikipedia 北山河(キタ サンガ)とは? 意味や使い方 -- コトバンク

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

基本情報

本名北楢太郎
別号北星
生没1893 〜 1958
出身地京都府

現在、1句の俳句が登録されています。

お知らせ(2026年10月22日)

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