林田紀音夫 (はやしだ きねお)
俳人の説明
管理人による説明
生涯と俳句歴
林田紀音夫(はやしだ きねお)は、1924年8月14日に朝鮮の京城府で生まれた俳人である。本名は林田甲子男で、読みは同じである。旧制大阪府立今宮職工学校(現・大阪府立今宮工科高等学校)で学んだ。
月並の宗匠俳句に親しんでいた父の影響で、13歳のころから俳句を始めた。戦前は「山茶花」「火星」などに投句した。戦後は下村槐太に師事して「金剛」に加わった。その後、堀葦男らとともに「十七音詩」を創刊し(1965年終刊)、関西の前衛派の俳人の主要な一人として活躍した。1962年には金子兜太の「海程」に参加して同人となり、1974年には鈴木六林男の「花曜」の客員同人となった。
季語の情緒を嫌い、「風流から生活へ」という考えから、無季俳句を徹底して作り続けた。1963年に第11回現代俳句協会賞を受けた。
1998年6月14日に73歳で亡くなった。句集に『風蝕』『幻燈』『林田紀音夫句集』がある。2006年には、ただ一人の弟子である福田基によって全句集が刊行された。
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参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
基本情報
現在、1句の俳句が登録されています。
- みずばなの さびしさのひに いくたびか
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水洟
みずばな
季節: 冬(三冬) 分類: 人事(健康) -
新版 角川俳句大歳時記 冬p.422