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俳人の説明

管理人による説明

明治から昭和にかけて活躍した俳人。渡辺水巴の妻となり、「曲水」の主宰を継いだ。

生涯

1901年(明治34年)7月5日、東京市芝区松本町に生まれる。本名は渡辺きく、旧姓は長谷川。東京女学校(東京高女)を卒業した。1928年(昭和3年)、渡辺水巴に師事して俳誌「曲水」に入り、翌1929年、水巴と結婚した。1946年、疎開先の神奈川県鵠沼にて水巴が病没した。

俳句歴

水巴の没後、「曲水」を継いだ大谷碧雲居の死去に伴い、1952年(昭和27年)に主宰となった。1962年(昭和37年)に俳人協会会員となり、1980年(昭和55年)には名誉会員となった。句集に『吉野雛』『吾亦紅』がある。1984年(昭和59年)7月25日、死去した。

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参考にさせていただいたWebサイト様
色彩俳句0145・白028・渡辺桂子 -- 「俳句の箱庭」by 鎌田透次 渡辺桂子(ワタナベ ケイコ)とは? -- コトバンク 第六百七十七夜 飯田龍太の「満月」の句 -- Miho Haiku Note

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

生没1901 〜 1984
出身地東京都芝区

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