加藤重五 (かとう じゅうご)
俳人の説明
管理人による説明
生涯と俳句歴
加藤重五は承応3年(1654年)、尾張名古屋に生まれた。材木商を営み、通称は善右衛門、弥兵衛である。
重五は松尾芭蕉の門人となり、貞享元年(1684年)秋、『野ざらし紀行』の旅の途中で名古屋を訪れた芭蕉を、山本荷兮が名古屋に迎えた際、句会の連衆の一人となった。この句会は宮町筋久屋町西入南側(現在のテレビ塔東北の脚のあたり)で開かれた。
この時の句会には、重五のほか、岡田野水、山本荷兮、坪井杜国、小池正平が参加し、芭蕉を含めた6人で「冬の日」の歌仙が興行された。重五は歌仙において「かしらの露をふるふあかむま」という句を詠んだ。
この句会で詠まれた句は、芭蕉の推薦を経てすぐにまとめられ、『冬の日』として出版された。『冬の日』は、芭蕉が言葉の遊戯でしかなかった俳諧を初めて芸術の領域まで向上させたといわれる句集であり、蕉風の始まりとされる。この歌仙を興行した場所は「蕉風発祥の地」と呼ばれている。
重五はその後も俳諧活動を続け、『春の日』『阿羅野』などにも作品を残した。享保2年(1717年)6月13日、64歳で死去した。
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バイオ
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- がんじつの きのまのけいば あしゆるし
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元日
がんじつ
季節: 新年(新年) 分類: 時候(暦) -
虚子編 新歳時記 増訂版p.4