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渡部抱朴子 (わたなべ ほうぼくし)

俳人の説明

管理人による説明

昭和から平成にかけて活躍した俳人・教育者・書家。俳誌「渋柿」の第5代主宰を務めた。

生涯

1928年(昭和3年)、愛媛県周桑郡丹原町に生まれる。本名は渡部盛幹。愛媛師範学校を卒業し、愛媛県内の小学校、中学校で教職に就いた。1974年(昭和49年)、県教育委員会国語科指導主事などを経て、1988年(昭和63年)、東予市(現・西条市)立河北中学校長を最後に退職した。書道教室を開き、「書神会」として開校した。2011年、死去した。

俳句歴

1996年(平成8年)より俳誌「渋柿」の代表同人・課題句選者を務め、2000年(平成12年)から2010年(平成22年)まで、同誌の第5代主宰を務めた。「渋柿」は大正4年(1915年)、松根東洋城により創刊された歴史ある俳誌で、東洋城は夏目漱石から俳句の指導を受けて以来長く師事し、同誌表紙の題字は漱石の手によるものである。渡部はこのほか、俳人協会評議員、子規顕彰全国短歌大会選者などを歴任した。

石鎚山を句題とした句を多く残し、教職の経験に基づく句も多い。愛媛県西条市小松町新屋敷の石鎚山ハイウェイオアシスには、「山石鎚 海瀬戸内や 秋晴るる」の句碑が建立されており、今治・来島大橋を望む景勝の地で、若者が志を立てる姿を重ねる句として親しまれている。

claude sonnet 5 による自動生成です。

参考にさせていただいたWebサイト様
渡部抱朴子 句碑 石鎚山ハイウェイオアシス 愛媛県西条市小松町新屋敷乙22-29 -- 西条異景 西条祭り・愛媛県西条市 年守るや所詮生涯一書生 渡部抱朴子 -- KUYOMI 2014-15 WEB週報1月度(卓話「"青"三句鑑賞」徳永省二会員) -- Takamatsu South Rotary Club

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名盛幹(もりもと)
生没1928 〜

現在、1句の俳句が登録されています。