永野孫柳
俳人の説明
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生涯
永野孫柳(本名・為武〔ためたけ〕)は1910年12月12日、愛媛県松山市に生まれた。東北帝国大学理学部生物学教室で学び、1933年に卒業。同大学大学院に進学して動物生理学を専攻した。1936年、大学院を退学して東北帝国大学理学部副手に採用され、のち講師に昇格した。戦後は東北大学教養部・農学部助教授を経て、1948年に甲殻類の色素系に関する生理学的研究で理学博士号を取得。1949年に教養部教授に昇格し、1964年から1965年まで教養部長を務めた。1974年に定年退官し、名誉教授となった。宮城県教育委員会委員長も務めた。1983年、勲三等旭日中綬章を受章。1994年12月14日、84歳で死去した。
俳句歴
初期には「小名木滋」の名義で作品を発表していた。昭和16年(1941年)より東北帝国大学理学部講師を務めるかたわら、昭和17年(1942年)に「仙台石楠会」を興し、また流派を超えた句会「俳句饗宴」を主宰するようになった。師系は飯田蛇笏・臼田亜浪。昭和21年(1946年)10月、俳誌「俳句饗宴」を創刊し、「孫柳」の号で主宰を務めた(同誌は昭和27年5月より活字印刷となり、現在は石崎素城が主宰を継いでいる)。宮城県俳句クラブ会長、宮城県芸術協会理事長も務めた。句集に『砂時計』『琳琅館』『寿林』『旧山河』『花筐』(七部句集)などがあり、随筆集『東紅西藍』、編著『新みちのく歳時記』もある。1992年には俳句饗宴社により、宮城県松島町に句碑が建立された。
claude sonnet 5 による自動生成です。
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バイオ
現在、1句の俳句が登録されています。
- しそのみを こぼすひかりと なりにけり
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紫蘇の実
しそのみ
季節: 秋(仲秋) 分類: 植物(シソ目) -
平井照敏編 新歳時記 秋p.333