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中瀬喜陽 (なかせ ひさはる)

俳人の説明

管理人による説明

和歌山県上富田町出身の郷土史家・南方熊楠研究家で、句集『若王子』を持ち紀州田辺の俳壇の編著もある人物。

生涯

1933年(昭和8年)2月21日、和歌山県西牟婁郡上富田町に生まれた。読みは「なかせ・ひさはる」である。1960年に東洋大学中国哲学文学科を卒業し、同年から上富田町立岩田中学校の教諭となった。1964年からは和歌山県立南紀高等学校の教諭として1993年まで勤務した。1993年に大阪青山短期大学の非常勤講師となり、2003年まで務めた。

郷土史家、南方熊楠研究家として知られ、2006年5月に南方熊楠顕彰館の館長に就任し、2012年3月まで務めた。南方熊楠邸保存顕彰会副会長、田辺市文化財審議会委員長、紀南文化財研究会会長、南方熊楠顕彰記念館名誉館長などを歴任している。2013年には和歌山県文化功労賞と南方熊楠文化賞特別賞を受けた。2018年3月11日に没した。

俳句歴

1986年に句集『若王子 中瀬喜陽句集』を刊行している。また、2004年に『紀州田辺の俳壇』を編著として刊行し、2005年には『熊野九十九王子 句集 改訂増補』を編んでいる。

その他の特記事項

南方熊楠に関する著作や編著が多く、『覚書南方熊楠』などがある。そのほか、弁慶伝承や熊野に関する著作として『弁慶第3部 北陸の弁慶伝承と高館の最期・弁慶松』『説話世界の熊野 弁慶の土壌』『くまののかみさまのひっこし』などがある。

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参考にさせていただいたWebサイト様
中瀬喜陽 -- Wikipedia

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

生没1933 〜 2018
出身地和歌山県西牟婁郡上富田町

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