有働亨 (うどう とおる)
俳人の説明
管理人による説明
生涯
有働亨(うどうとおる)は1920年(大正9年)9月3日、熊本県熊本市に7男3女の男の末っ子として誕生した。父親は醸造業を営んでいた。当時の中学校は5年制であったが、飛び級により4年間で卒業し、旧制第五高等学校へ進学した。この頃に父親と長兄である有働木母寺の影響で俳句に興味を持ち、文芸部に入って本格的な俳句の勉強を始めた。学問に関しては特に英語に強い興味を抱き、山岳部での活動にも力を入れて文武両道に励む高校生活を送った。
しかし高校2年生の時に父親の会社が倒産し、父親から高校最後の年で中退し大学進学を諦めるように言われた。母の説得により高校卒業は果たしたものの、金銭面で大学進学を諦めていたところ、既に就職していた兄たちの支援により京都帝国大学経済学部への進学が実現した。文学者になりたいという夢を持っていたが、兄たちの強い勧めで経済学部に進むこととなった。京都帝国大学在学中には京大馬酔木会において水内鬼灯の直接指導を受け、その後水原秋桜子に師事した。
大学2年生の時に国家公務員試験に合格し、通商産業省の内定を得た。しかし第二次世界大戦の局面が悪化したため、大学3年生になると大学の在籍と通商産業省の内定を一時保留のまま海軍に入隊した。海軍主計学校の試験に合格し、海軍主計中尉として母戦艦の司令部で予算編成や書記の仕事を任された。しかし乗っていた戦艦はインドネシア付近でイギリス軍に降伏し、船員はみな捕虜の身となった。英語が堪能であった彼は、日本人捕虜の指揮官とイギリス軍の翻訳係を命じられた。2年間の捕虜生活では、指揮官としての仕事の合間を縫っては俳句を書くなどして勉強を怠らない日々を送った。終戦後、指揮官として全ての捕虜の帰国を見送るまで働き続け、他の者より1年以上も遅れて1950年(昭和25年)に復員した。
復員後、通商産業省で官僚としての仕事が始まった。高い語学力が活かせることから貿易局を自ら希望し配属された。29歳で結婚した直後、カナダへの転勤を命じられた。1952年のサンフランシスコ平和条約発効により日加間の国交が再開され、英語の話せる者が現地に必要となったためである。在カナダ日本国大使館書記官として、日加間の貿易条約を結ぶという任務を任され、1954年(昭和29年)に戦後初の海外との協定条約である「日加通商協定条約」の締結に尽力した。5年間のカナダ駐在の後、在ロンドン日本国大使館参事官として5年間を過ごし、通商産業省では審議官まで勤めて1969年(昭和44年)に50代で退官した。
退官後は高校時代から趣味で続けてきた俳句を極め、馬酔木同人の俳人、また1971年より10年間俳人協会常務理事として事業運営や俳句文学館建設に参画した。その後は俳人協会顧問として書籍や新聞への執筆活動を行い、講演会や俳句会などで後進の指導にあたりながら東京で余生を送った。2010年(平成22年)6月30日、急性心不全のため逝去した。享年89。
俳句歴
旧制第五高等学校在学中に長兄・有働木母寺の影響下に俳句を知り、手ほどきを受けた。京都帝国大学在学中には京大馬酔木会において馬酔木同人である水内鬼灯の直接指導を受け、その後水原秋桜子に師事してより水原秋桜子の門となった。
海軍主計将校として南方戦線に従軍中も俳句を続け、前線より投稿した作品によって1943年(昭和18年)6月号に新樹集初巻頭を獲得し、同年旧制馬酔木賞を受賞した。捕虜生活中も勉強の一環として俳句を書き続けた。
1954年(昭和29年)に馬酔木同人となり、「馬酔木」の重鎮として活躍した。第一句集『汐路』は1970年(昭和45年)4月に琅玕洞より出版され、昭和26年から退官の昭和44年までの560句余りが収録されている。カナダ駐在中に長女を得ており、句集名も長女の名前に由来するという。カナダで詠まれた句は、赴任当初は旅行者としての眼で詠まれているが、次第に生活者の眼へと変わっていく様子が見て取れる。その作品は気品があり、定型の中で独りよがりにならないよう落ち着けた句風が特徴である。
その後も『冬美』(1980年)、『七男』(1989年)、『妻燦々』(1993年)など句集を発表し続けた。1953年に馬酔木新人賞、1954年と1955年に新樹集第一席入選を二年連続で果たし、1970年に馬酔木賞、1988年に馬酔木功労賞、1991年に俳人協会功労賞を受賞するなど、生涯にわたり俳壇において高い評価を受けた。水原秋桜子との共編で『現代俳句鑑賞辞典』(2010年)も刊行している。
その他の特記事項
有働亨は官僚と俳人という二つの顔を持ち、両立させた人物である。通商産業省官僚として、終戦で焦土と化した日本が高度経済成長期を経て米国に次ぐ世界第2位の経済大国となることを、現役官僚として自ら携わり見つめ続けた。特にカナダ駐在時代に締結した「日加通商協定条約」は、戦後の日本の国際社会への復帰の過程において重要な役割を果たした。この協定により、同年に行われたコロンボプラン会議と国際連合会議で、アメリカとカナダの支持と推薦により日本の国際連合加盟が実現した。
俳句においては、戦時中の従軍や捕虜生活、海外駐在という特殊な経験を持ちながらも、それらを俳句として昇華させた。カナダやイギリスでの駐在経験から、海外で詠まれた俳句も多く残している。退官後は俳句普及のため各地の俳句会にて指導を続け、後進の育成に尽力した。馬酔木同人会顧問、俳人協会顧問として、俳壇の発展に大きく貢献した俳人である。
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バイオ
現在、12句の俳句が登録されています。
- はるうみや みさきはくろき うしをかう
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春の湖
はるのうみ
季節: 春(三春) 分類: 地理(水辺) -
新潮文庫 新改訂版 俳諧歳時記 春p.61
- はるだいこ くぐもりそだつ かぜのかい
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春大根
はるだいこん
季節: 春(晩春) 分類: 植物(アブラナ目) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 春p.192
- あすかえる こらささめきて みずぎほす
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海水着
かいすいぎ
季節: 夏(晩夏) 分類: 人事(衣服) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏p.66
- ふなりょうり みずはよるへと いそぎをり
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船料理
ふなりょうり
季節: 夏(三夏) 分類: 人事(飲食) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏p.107
- おろおろと ばんねんがみゆ たけにぐさ
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竹煮草
たけにぐさ
季節: 夏(晩夏) 分類: 植物(キンポウゲ目) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏p.249
- まろにえの はかげはふかし いすひとつ
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マロニエの花
まろにえのはな
季節: 夏(初夏) 分類: 植物(ムクロジ目) -
平凡社 俳句歳時記 夏p.588
- うみへさる いなづまあおし まつのうえ
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稲妻
いなずま
季節: 秋(三秋) 分類: 天文(光) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 秋p.51
- いえとおき おもいのぶどう てにつむは
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山葡萄
やまぶどう
季節: 秋(仲秋) 分類: 植物(ブドウ目) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 秋p.177
- かぜのひの くもうつくしや じゅうにがつ
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十二月
じゅうにがつ
季節: 冬(仲冬) 分類: 時候(暦) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬p.22
- きたかぜの いっしゅんふかく なりやみて
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北風
きたかぜ
季節: 冬(三冬) 分類: 天文(風) -
ハンディ版 入門歳時記 新版p.551
- ぼーなすまつ ふかくりんごの きずえぐり
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ボーナス
ぼーなす
季節: 冬(仲冬) 分類: 人事(生活) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬p.62
- なはせんりょう というあかるくて さびしくて
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千両
せんりょう
季節: 冬(晩冬) 分類: 植物(コショウ目) -
ハンディ版 入門歳時記 新版p.591