優れた俳句をデジタルデータとして保存し、後世に残すために俳句データベースを開発しています。

俳人の説明

管理人による説明

大正から昭和にかけて活躍した俳人・詩人・評論家。加藤楸邨に師事し、抵抗派詩人として出発したのち、深い古典への造詣をもとに芭蕉や蕪村の評釈で知られた。

生涯

安東次男(あんどう つぐお)は、1919年(大正8年)7月7日、岡山県苫田郡東苫田村(現在の津山市)に生まれた。小学5年時に一家で神戸に移住し、第二神戸中学校を卒業した。1937年、旧制第三高等学校文科丙類(フランス語)に入学し、1942年(昭和17年)に東京帝国大学経済学部経済学科を卒業した。その後海軍に志願し、敗戦時は海軍主計大尉であった。

戦後は都立桜町高校社会科教諭、國學院大學フランス語講師などを経て、1966年に東京外国語大学教授となり、1982年に定年退官した。2001年頃から持病の肺気腫と気管支喘息が悪化し、2001年に勲四等旭日小綬章を受章した。2002年(平成14年)4月9日、呼吸不全のため死去した。享年84(満82歳)。葬儀委員長は中村稔、開式の辞は飯島耕一、弔辞は粟津則雄と大岡信であった。

俳句歴

1941年(昭和16年)頃より「寒雷」に投句し、加藤楸邨に俳句を学んだ。しかし1949年(昭和24年)に詩作に転じ、抵抗派詩人として注目され始める。1950年(昭和25年)に第一詩集『六月のみどりの夜は』を刊行し、翌年には第二詩集『蘭』を刊行するなど、旺盛に詩や評論を発表して戦後詩人として独自の領域を確立した。

1960年代頃より、深い古典への造詣をふるって、松尾芭蕉の連句評釈を始め、古俳諧・百人一首・和歌・俳諧師・蕪村の伝記などの随想・評論を盛んに記した。『芭蕉七部集評釈』は代表的な評論であるが、今栄蔵は安東の評釈を「本質はあくまで詩人のセンスに貫かれたそのみずみずしい発想と創造にあるというべきで、個々の評釈自体には問題が多いといえると思う」と評した。1962年、『澱河歌の周辺』で読売文学賞を受賞した。

1990年頃より「寒雷」にふたたび俳句の発表を開始した。現代詩を学んだ分、俳句においては古典趣味であった。1997年(平成9年)、句集『流』で第12回詩歌文学館賞を受賞した。

その他の特記事項

フランス文学の翻訳家としても活動し、サガン『悲しみよこんにちは』やエリュアール、アラゴンなど多数の作品を翻訳した。俳号は流火艸堂である。『安東次男著作集』全8巻が青土社から刊行されている(1974年-1977年)。

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参考にさせていただいたWebサイト様
安東次男 -- 吉備路文学館 安東次男 -- Wikipedia 安東次男『流』(1996年7月/ふらんす堂) -- 日本現代詩歌文学館

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

生没1919 〜 2002

現在、4句の俳句が登録されています。

    • 樟若葉 くすわかば
      季節: 夏(初夏) 分類: 植物(クスノキ目)
    • 角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 夏
      p.197
    • 極月 ごくげつ
      季節: 冬(仲冬) 分類: 時候(暦)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.23