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俳人の説明

管理人による説明

昭和期に活躍した俳人・英文学者。飯田蛇笏の「雲母」に参加し、のちに「青樹」の主宰を継承した。岐阜薬科大学教授、東海女子短期大学教授等を歴任した。

生涯と俳句歴

長谷川双魚(はせがわ そうぎょ)は、明治30年(1897年)11月19日、岐阜県安八郡墨俣町に生まれた。本名は謙三。文部省高等教員英語科検定に合格し、英文学者としても活動した。岐阜薬科大学教授、東海女子短期大学教授等を歴任し、多数の英文学関係の著作もある。

昭和17年(1942年)、朝鮮の新義州東中学校校長在職中、日本画家であった弟の長谷川朝風の勧めで俳句を始めた。同年、飯田蛇笏の「雲母」に入会し、昭和26年(1951年)に同人となった。昭和46年(1971年)、木下青嶂の死去を受けて「青樹」主宰を継承し、昭和62年(1987年)には名誉主宰となった。

句集に『風形』『ひとつとや』『自註・長谷川双魚集』があり、評論集に『秀句鑑賞』『ことばの世界』を刊行した。昭和61年(1986年)、句集『ひとつとや』で第20回蛇笏賞を受賞した。その他、寒夜句三昧賞(昭和26年)、山廬賞(昭和45年)、岐阜市教育功労者(昭和53年)、勲三等瑞宝章(昭和55年)などを受賞している。

昭和62年(1987年)11月8日に死去した。89歳であった。没後、「青樹」主宰は妻の長谷川久々子が継いだ。

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参考にさせていただいたWebサイト様
長谷川双魚 -- Wikipedia 長谷川双魚(ハセガワ ソウギョ)とは? 意味や使い方 -- コトバンク 長谷川双魚 -- セクト・ポクリット

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名謙三
生没1897 〜 1987

現在、13句の俳句が登録されています。

    • 冬旱 ふゆひでり
      季節: 冬(三冬) 分類: 天文(天空)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.37