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俳人の説明

管理人による説明

大正から昭和期にかけて活躍した俳人。大須賀乙字に師事し、俳誌「獺祭」を創刊主宰した。

生涯と俳句歴

吉田冬葉は1892年(明治25年)2月25日、岐阜県中津川市苗木に生まれた。本名は辰男である。別号として玉鉾、鴨脚生、鶯竹里を用いた。育英中学校を卒業後、1909年(明治42年)に上京し、大須賀乙字に師事して俳句の道を歩み始めた。

乙字の主宰する「石楠」の創刊に参加し、またその後「懸葵」「常磐木」「海紅」などの俳誌に拠って句作を続けた。大須賀乙字の没後、1925年(大正14年)に俳誌「獺祭」を創刊し、主宰として俳壇における活動を展開した。大正末期の俳壇において独自の句風を示した俳人として知られる。

吉田冬葉は旅行を好み、松尾芭蕉の奥の細道の行脚を試みるなど、各地を巡りながら句作を行った。1937年(昭和12年)6月には俳友とともに知多新四国八十八ヵ所巡礼の旅に出て、半田市の常楽寺を訪れている。この際に詠んだ「夏の月や無値の寶の珠数ひとつ」の句は、後に句碑として建立された。1956年(昭和31年)11月28日、64歳で死去した。

その他の特記事項

句集として「冬葉第一句集」「故郷」「望郷」などを刊行している。これらの句集には、故郷である岐阜への思いや、各地を旅した際の感懐が詠まれている。

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参考にさせていただいたWebサイト様
吉田冬葉(ヨシダ トウヨウ)とは? 意味や使い方 -- コトバンク 吉田冬葉の句碑 -- 日本福祉大学知多半島総合研究所

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

別号玉鉾 鴨脚生 鶯竹里
生没1892 〜 1956

基準
向き
件数

現在、34句の俳句が登録されています。

    • 鵯花 ひよどりばな
      季節: 秋(初秋) 分類: 植物(キク目)
    • 文藝春秋 最新俳句歳時記 秋
      p.150
    • 橙飾る だいだいかざる
      季節: 新年(新年) 分類: 人事(生活)
    • 角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 新年
      p.31
    • 飾米 かざりごめ
      季節: 新年(新年) 分類: 人事(生活)
    • 文藝春秋 最新俳句歳時記 新年
      p.100