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俳人の説明

管理人による説明

昭和から令和にかけて活躍した俳人・看護師。高浜虚子の孫として生まれ、俳誌「花鳥」主宰を務めた。

生涯

神奈川県横浜市に生まれる。俳人・高浜虚子の孫で、俳人・高浜年尾の長女。朝日俳壇選者を務めた俳人・稲畑汀子は妹にあたる。聖路加看護専門学校(現・聖路加看護大学)を卒業し、1950年、坊城としあつ(本名俊厚)と結婚した。1955年より聖路加国際病院に勤務し、総婦長を務めた。以後、1969年に立正佼成会病院、1972年に昭和大学烏山病院付属看護学校教務主任、1976年に登戸病院看護部長・きぬ医師会病院看護学校副校長、2003年に内藤病院総婦長を歴任し、看護師としても長年にわたり活動した。2021年8月16日、老衰のため93歳で死去した。葬儀は近親者で営まれ、喪主は長男で俳人の坊城俊樹が務めた。

俳句歴

幼少期より俳句に親しみ、1948年、「ホトトギス」に投句を始め、のち同人となった。夫のとしあつとともに同誌で活躍した。1959年、看護師として祖父・高浜虚子の最期を看取った。1999年、伊藤柏翠より俳誌「花鳥」の主宰を継承した。夫の転任にともないトルコに3年間滞在した際には、同地の風土に根ざした句を詠んだ。2011年、「花鳥」主宰を長男の坊城俊樹に譲り、名誉主宰に就任した。句集に『櫓櫂』、エッセイ集に『俳句の家』がある。

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参考にさせていただいたWebサイト様
坊城中子 -- Wikipedia 坊城中子さん死去 -- 朝日新聞 俳人の坊城中子さん死去 -- 産経新聞

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別女性
生没1928 〜 2021
出身地神奈川県横浜市

現在、2句の俳句が登録されています。