石田いづみ (いしだ いづみ)
俳人の説明
管理人による説明
生涯と俳句歴
石田波郷(いしだはきょう)に師事し、俳誌「鶴」で学んだ。波郷没後、「泉」に創刊同人として参加した。俳人の大木あまり(おおきあまり)とは結社を越えた深い交流があった。1986年(昭和61年)、55歳で死去した。
夫は俳人・石田勝彦(いしだかつひこ)、娘は俳人・石田郷子(いしだきょうこ)。父娘ともに石田波郷に師事したことになる。石田郷子もまた、後に波郷の門人であった山田みづえ主宰の「木語」に入会した。
没後、夫・石田勝彦の編による遺句集『辛夷』(ふらんす堂)が刊行された。「辛夷」の命名は石田勝彦によるものである。同書の装画は大木あまりが寄せた。同書はふらんす堂が初めて刊行した句集として知られる。
また、石田郷子の編による選句集『白コスモス』(ふらんす堂)も刊行されており、遺された二冊の句集から郷子が句を選び編んだものである。
claude sonnet 4.6 による自動生成です。
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バイオ
現在、1句の俳句が登録されています。
- ねむきこの かたむきかかる はなぎぼし
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擬宝珠
ぎぼうし
季節: 夏(初夏) 分類: 植物(キジカクシ目) -
角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏p.252