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俳人の説明

管理人による説明

1941年東京生まれ。詩人大木惇夫の三女。角川源義に師事し、「夏至」「星の木」を創刊。句集『星涼』で第62回読売文学賞を受賞した。

生涯

大木あまり(おおきあまり)は、1941年(昭和16年)に東京府東京市豊島区目白(現在の東京都豊島区目白)で生まれた俳人である。詩人の大木惇夫の三女で、姉に北九州市立松本清張記念館館長の藤井康栄、編集者・エッセイストの宮田毬栄がいる。

頌栄女子学院高等学校を経て、武蔵野美術大学洋画科を卒業した。

俳句歴

1971年、病気をきっかけに母の勧めで角川源義の主宰する俳誌「河」に入会し、源義の指導を受けた。1979年に源義が亡くなると、進藤一考の主宰する「人」に参加して同人となった。1983年に「人」を退会し、「泉」の「雲の会」にときおり参加して石田勝彦、綾部仁喜の指導を受けた。

1990年、長谷川櫂、千葉皓史とともに「夏至」を創刊して同人となった。1994年には長谷川櫂の主宰する「古志」に、1995年には矢島渚男の主宰する「梟」に入会したが、1998年に再び無所属となった。2008年、石田郷子、藺草慶子、山西雅子とともに年2回刊の「星の木」を創刊した。

2011年、句集『星涼』で第62回読売文学賞(詩歌俳句部門)を受賞した。同年2月には、授賞式にあわせて「大木あまりさんを祝う会」が銀座で開かれている。句集には『星涼』のほか、『火のいろに』『火球』『遊星』、セレクション俳人『大木あまり集』(2004年)などがある。

その他の特記事項

作風は、季語のある伝統的な定型句が中心で、言葉の並べ方に無理がなく、抽象的な表現を避けて日常の自然な言葉で作られていると紹介されている。受賞の言葉では、自然と自分自身を見つめて俳句を作りたいと語っている。「炎環」の前身である「Mumon」の同人誌に、猫についてのエッセイを連載していたこともある。横浜俳話会の顧問を務める。

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参考にさせていただいたWebサイト様
讀賣文学賞授賞式・大木あまりさんを祝う会 -- 出版社ふらんす堂 【大木あまりの有名俳句 20選】現代を代表する俳人!!俳句の特徴や人物像・代表作など徹底解説! -- 俳句の教科書 大木あまり -- Wikipedia

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別女性
本名吉本章栄(ふみえ)
生没1941 〜
出身地東京都豊島区目白
出身地(旧地名)東京府東京市豊島区目白

現在、12句の俳句が登録されています。

    • 枝炭 えだずみ
      季節: 冬(三冬) 分類: 人事(生活)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.104