田川鳳朗 (たがわ ほうろう)
俳人の説明
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生涯と俳句歴
田川鳳朗(たがわ ほうろう)は、宝暦12年(1762年)、肥後国(現・熊本県)で生まれた。本名は厳島義長。通称は東源。初号は京陵。対竹、鶯笠(鶯竹)、自然堂、藍蓼庵、芭蕉楼などと号した。
12歳頃に俳諧を志し、父の鼎石(鼎山)や武久綺石の指導を受け、蝶夢や久村暁台にも拝謁したという。
寛政10年(1798年)、熊本藩士を致仕し、各地を遊歴した。
江戸に出て鈴木道彦に従って鳳朗と改めた。文化13年(1816年)、江戸に庵を結び、小林一茶の庇護者であった夏目成美や鈴木道彦と親しく交わった。
翌文化14年(1817年)、『芭蕉葉ぶね』を刊行して、真正芭蕉風を唱えた。文政2年(1819年)、江戸有数の俳諧宗匠となる。
文政11年(1828年)、大坂の鶴峯戊申に従学した後、天保初期に江戸に帰った。
桜井梅室、成田蒼虬とともに天保三大家の一人(天保の三宗匠)とも呼ばれる。野心家で統率力にたけ、大名や多くの貴顕をも門下に擁した。
天保14年(1843年)、芭蕉百五十年忌に際して、二条家が芭蕉に「花下大明神」の号を授与するように尽力し、自らも「花下翁」(花の本翁)の称号を授けられた。
弘化2年11月28日(1845年12月26日)に死去した。辞世は「からになる無常もありて蝸牛」。
『芭蕉葉ぶね』で芭蕉の人格を目ざす俳諧を提唱した。作品はやや詩情を欠き、理屈や小主観に堕して俗臭をとどめるが、かえってそれが江戸趣味の気風に通い、大衆に迎えられた。
著作に『芭蕉葉ぶね』(文化8年刊)、『蕉門俳諧師説録』(文政8年序、文久2年刊)、『自然堂千句』(天保6年刊)、『鳳朗発句集』などがある。
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参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。
バイオ
現在、6句の俳句が登録されています。
- しゃくやくや きょうはのもりの こざかもり
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芍薬
しゃくやく
季節: 夏(初夏) 分類: 植物(ユキノシタ目) -
新版 角川俳句大歳時記 夏p.692
- さむしろに はれものいたむ よながかな
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夜長
よなが
季節: 秋(三秋) 分類: 時候(感覚) -
新版 角川俳句大歳時記 秋p.57
- ほしづきよ さびしきものに かぜのあと
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星月夜
ほしづきよ
季節: 秋(三秋) 分類: 天文(天空) -
新版 角川俳句大歳時記 秋p.117
- ごせんぐう ただただあおき みそらかな
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御遷宮
ごせんぐう
季節: 秋(晩秋) 分類: 宗教(神道) -
文藝春秋 最新俳句歳時記 秋p.258
- おほたきや かまくらやまは ほしづきよ
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お火焚
おほたき
季節: 冬(初冬) 分類: 宗教(神道) -
新版 角川俳句大歳時記 冬p.455
- すずしろや はるもなぬかを まつのつゆ
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菘
すずな
季節: 新年(新年) 分類: 植物(アブラナ目) -
角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 新年p.98