優れた俳句をデジタルデータとして保存し、後世に残すために俳句データベースを開発しています。

俳人の説明

管理人による説明

明治から平成にかけて活躍した俳人・内科医。高浜虚子に師事し、「九年母」を主宰。海港の抒情句を得意とし「港の播水」と呼ばれた。

生涯

五十嵐播水(いがらし・ばんすい)は、1899年(明治32年)1月10日、兵庫県姫路市鍛冶町に医師であった父・辰馬の二男として生まれた。本名は久雄(ひさお)。野里尋常高等小学校、姫路中学校を経て、旧制第三高等学校に入学。在学中は賀川豊彦、有島武郎、谷崎潤一郎などの本を濫読した。1918年、京都帝国大学医学部に入学。1923年に卒業後、内科を専門に選び、松尾内科に入り京都病院に勤務した。

1925年、神戸市立診療所に内科副医長として赴任。1928年、学位取得のため京都に戻り、1931年に学位を取得して再び神戸市立市民病院に勤務した。1947年に副院長、1955年に院長となり、1959年に退職。1945年3月17日の神戸大空襲では罹災者の救助に奔走し、多くの人々の命を救った。

1961年から神戸市生田区で五十嵐内科を開業し、1993年7月まで、94歳に至るまで医師として患者と向き合いつづけた。1968年に兵庫県文化賞、1973年に神戸市文化賞、1979年に神戸新聞平和賞、1989年に兵庫県高齢者特別賞を受賞。2000年(平成12年)4月23日、101歳で永眠した。

俳句歴

大学在学中の1920年2月、高浜虚子歓迎京大三高俳句会に出席し、高浜虚子と出会ったのがきっかけで句作を始めた。以来、80年にわたって「ホトトギス」一筋の道を歩んだ。この頃、山口誓子を知る。同年、日野草城、鈴鹿野風呂と「京鹿子」の同人となる。

1930年、和歌山県の俳誌「九年母(くねんぼ)」の雑詠選者となり、1934年に「九年母」が神戸に移ってからは主宰となった。1932年「ホトトギス」同人となり、同年9月には「ホトトギス」雑詠の巻頭を飾る。1933年には山口誓子・水原秋桜子・日野草城・鈴鹿野風呂らと共に「京大俳句」創刊に参加した。

主宰誌「九年母」においては、「旧に堕せず、新に媚びず、俳句の中道を堅実に進む」ことを標榜し、ひたすら厳しい選句をすることによって多くの門下の信頼を集めた。虚子没後も「ホトトギス」最年長同人として尽力した。

句風は、海港を詠んだ叙情句を得意とし「港の播水」と呼ばれた。俳句は論ではなくあくまでも実作と選にこだわりつづけた。その人生は「継続は力なり」という言葉そのものの透徹した姿勢に貫かれていたと評される。

妻の五十嵐八重子、息子の五十嵐哲也も俳人であり、哲也は播水の死後に「九年母」主宰を継いだ。

句集に『播水句集』『月魄』『埠頭』『石蕗の花』『老鶯』『秋燕』などがあり、没後に『播水遺句集』が刊行された。

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参考にさせていただいたWebサイト様
五十嵐播水 -- Wikipedia 五十嵐播水|兵庫ゆかりの作家 -- ネットミュージアム兵庫文学館 企画展 生誕120年俳人五十嵐播水展 -- 姫路文学館

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名久雄(ひさお)
生没1899 〜 2000
出身地兵庫県姫路市鍛冶町

基準
向き
件数

現在、29句の俳句が登録されています。

    • 小米花 こごめばな
      季節: 春(晩春) 分類: 植物(バラ目)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 春
      p.165
    • 厳島祭 いつくしままつり
      季節: 夏(晩夏) 分類: 宗教(神道)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏
      p.132
    • 蔦紅葉 つたもみじ
      季節: 秋(晩秋) 分類: 植物(ブドウ目)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 秋
      p.178
    • 大年 おおとし
      季節: 冬(仲冬) 分類: 時候(暦)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.25
    • 寒造 かんづくり
      季節: 冬(晩冬) 分類: 人事(労働)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.94
    • 梟 ふくろう
      季節: 冬(三冬) 分類: 動物(鳥類)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.173