優れた俳句をデジタルデータとして保存し、後世に残すために俳句データベースを開発しています。

俳人の説明

管理人による説明

昭和から平成期にかけて活躍した俳人・耳鼻科医。沢木欣一に師事し、即物具象を信条とした写生俳句を追求。俳誌「雉」を創刊・主宰した。

生涯と俳句歴

林徹は1926年(大正15年)、中国山東省青島市に生まれ、石川県金沢市にて育った。1944年(昭和19年)に金沢医科大学附属医学専門部を卒業し、耳鼻科医となった。金沢、浜松、広島の病院で勤務した。

俳句は医局員時代の1950年(昭和25年)、「風」に入会して沢木欣一に師事して始めた。1985年(昭和60年)1月、「風」の僚誌として俳誌「雉」を広島で創刊し、主宰となった。創刊同人には田島和生らがおり、会員94名で発足した。

句集に『架橋』『直路』『群青』『飛花』がある。2000年(平成12年)、第四句集『飛花』により第40回俳人協会賞を受賞した。2008年(平成20年)3月20日、大腸癌により死去した。82歳であった。

林徹の逝去後、「雉」の主宰は田島和生が継承し現在に至っている。

俳句の特徴

林徹は即物具象を信条とした。即物具象とは、詠む対象を具体的に、客観的に、目に見えるように表現することである。写生を基本とし、自然や事物をよく観察して感動したもの、つまりものの命をとらえて詠むことを重視した。林徹は講演の中で「物をいつくしむように、しみじみと観察すれば、ひらめきも得られるのではないか」と述べている。

句集『群青』のあとがきでは、「一句一句を裸で立たしめたい」とし、「自然の命己の命を写すのが写生である」と述べている。広島県の花田植の行事を五回見て複数の句を詠むなど、気に入った題材を繰り返し観察して詠む姿勢がみられた。

claude sonnet 4.5 による自動生成です。

参考にさせていただいたWebサイト様
林徹(俳人) -- Wikipedia 俳句結社「雉」のご案内 -- 俳句結社「雉」 第百六十八夜 林 徹の「炎天」の句 -- 今夜の一句

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名哲夫
生没1926 〜 2008
出身地(旧地名)中華民国青島市

現在、13句の俳句が登録されています。

    • 竹の秋 たけのあき
      季節: 春(晩春) 分類: 植物(イネ目)
    • 角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 春
      p.170