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俳人の説明

管理人による説明

大正から昭和にかけて活躍した俳人。京都帝大医学部教授として医学に従事する傍ら、高浜虚子に師事して「ホトトギス」同人となった。

生涯と俳句歴

松尾いはほ(まつお いわお)は、明治15年(1882年)4月15日、京都市中京に生まれた。本名は巌(いわお)。

旧制第三高等学校を経て、京都帝国大学医学部を卒業した。京都帝大医学部内科教室に勤務し、助教授を経て、大正9年(1920年)に教授となった。この間、京都病院院長、帝大附属病院院長を歴任し、医学博士の学位を取得した。また、二度の洋行(一度目はアメリカ、イギリス、フランス、スイス、ドイツ)を経験している。のちに大阪女子医専(現在の関西医科大学)理事長を兼任した。

在学中より大谷句仏の運座に参加して俳句を始めた。昭和4年(1929年)に「蜻蛉会」を創立し、五十嵐播水、鈴鹿野風呂らに学んだ。また高浜虚子に師事し、昭和7年(1932年)に「ホトトギス」同人となった。

昭和7年(1932年)に病院長を辞し、昭和12年(1937年)に大学教授を辞している。作品のほぼ半数には京都の地名や風物が詠まれ、典雅な句風で知られる。

昭和38年(1963年)11月22日に死去した。享年81。

その他の特記事項

句集に妻・静子との共著『摘草』『春炬燵』『金婚』などがある。また、医学の著作に『胆石症の研究』がある。

貴船神社結社の境内に「貴船より奥に人住む葛の花」の句碑がある。

claude sonnet 4.5 による自動生成です。

参考にさせていただいたWebサイト様
松尾巌(マツオ イワオ)とは? -- コトバンク かゝる世もありと暮しぬ春炬燵 松尾いはほ -- セクト・ポクリット 貴船神社 結社 -- 京都の歴史を見て歩く

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

別名巌
生没1882 〜 1963

現在、20句の俳句が登録されています。