優れた俳句をデジタルデータとして保存し、後世に残すために俳句データベースを開発しています。

俳人の説明

管理人による説明

明治から昭和にかけて活躍した俳人。高浜虚子の甥として虚子門に入り、客観写生を忠実に実践した。

生涯

池内たけしは1889年2月21日、愛媛県松山市に生まれた。高浜虚子の兄である池内信嘉の長男として生を受けた。能楽の振興に努めた家風の影響を受け、当初は能楽師を志した。拓殖大学の前身である東洋協会専門学校に進学したが、これを中退し、宝生流の能楽師を目指した。しかし師である宝生九郎の死により、能楽師への道を断念せざるを得なかった。

その後、大正2年頃より叔父である高浜虚子の門下に入った。「ホトトギス」発行所に勤務しながら、虚子から直接指導を受ける環境に身を置いた。この時期、丸ビルにあった「ホトトギス」発行所で虚子の薫陶を受けながら俳句修行に励んだ。

昭和7年には「欅」を創刊し、主宰として後進の指導にあたった。昭和49年12月25日、85歳で死去した。和歌山県高野山奥の院には、昭和47年に別格本山普賢院によって句碑が建立された。

俳句歴

池内たけしは、大正中期から後期にかけての「ホトトギス」沈滞期に活躍した作家である。この時期の「ホトトギス」では、虚子が「俳句の進むべき道」という作家論の中で主観の大切さを認めつつ作家を導いたが、雑詠欄には主観句が横行する状況となっていた。そこで虚子自らが先頭に立って客観写生の大切さを指導したが、たけしはこの方針を忠実に実践した代表的な作家の一人であった。

大正11年4月号の「ホトトギス」に掲載された「仰向きに椿の下を通りけり」の句は、虚子の絶賛を受け、巻頭作品として掲載された。この句は、椿の木の下を仰向きに見上げながら通るという一瞬の動作を、客観的で具体的に捉えた表現であり、たけしの句風をよく表す作品とされる。虚子は後にたけしから平凡を脱する方法を問われた際、この句を例に挙げて「こんな句を作るといいね」と評した。

虚子はたけしの句風を「平淡にして滋味がある」と評価した。句会においては、虚子自身の句よりもたけしの句が高い評価を受けることもあった。「煙草の火一ぷくつけぬ花かゞり」の句は、ホトトギス雑詠句評会で虚子の同様の題材の句と比較され、中七の「一ぷくつけぬ」という具体的な客観描写による表現が高く評価された。

句集には『たけし句集』『赤のまんま』『その後』『散紅葉』があり、また『父から聴いた話』『叔父虚子』などの著書も残している。

claude sonnet 4.5 による自動生成です。

参考にさせていただいたWebサイト様
池内たけし句碑 -- ぐるりん関西 池内たけし -- Wikipedia 第百六十九夜 池内たけしの「椿」の句 -- 美穂の俳句修行

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名洸(たけし)
生没1889 〜 1974
出身地愛媛県松山市

基準
向き
件数

現在、44句の俳句が登録されています。

    • 泉殿 いずみどの
      季節: 夏(三夏) 分類: 地理(水辺)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 夏
      p.81
    • 鎌鼬 かまいたち
      季節: 冬(三冬) 分類: 天文(天空)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 冬
      p.42
    • 冬休 ふゆやすみ
      季節: 冬(仲冬) 分類: 人事(生活)
    • 虚子編 新歳時記 増訂版
      p.761