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俳人の説明

管理人による説明

江戸時代初期の俳人。松尾芭蕉と同時代に活躍し、談林派から蕉風に傾倒した。「凩の果てはありけり海の音」の句で「木枯の言水」と呼ばれた。

生涯と俳句歴

池西言水は慶安3年(1650年)に大和国奈良に生まれた。本名は池西則好、通称は八郎兵衛である。別号として兼志、紫藤軒、洛下童、鳳下堂などを用いた。曽祖父の千貫屋久兵衛は奈良大年寄を務めた家系であり、父も俳諧を嗜んだと伝えられる。16歳で法体して俳諧に専念したと伝えられている。

江戸に出た年代は不詳であるが、延宝年間に江戸に出て大名俳人の内藤風虎のサロンで頭角を現した。近世俳諧成立の立役者である松江重頼や高島玄札に師事し、談林派に所属した。1678年(延宝6年)には第一撰集『江戸新道』を編集し、その後『江戸蛇之鮓』『江戸弁慶』『東日記』などを編集した。

1682年(天和2年)3月に京都に移り、『後様姿』を上梓した後、北越、奥羽に旅した。1684年(天和4年)までに西国、九州、出羽・佐渡への3度の地方行脚を行った。32歳の頃から松尾芭蕉一門と交流を始め、芭蕉の蕉門に傾倒していった。岸本調和、椎本才麿の一門とも交流した。1687年(貞享4年)には伊藤信徳、北村湖春、斎藤如泉らと『三月物』を編集した。但馬豊岡藩主の京極高住とも交流があった。

1690年(元禄3年)に『都曲』を編集する一方、当時流行し始めた前句付、笠付などの雑俳にも手を染めた。最終的に京都に居を構え、享保7年9月24日(1722年11月2日)に73歳で没した。追善句集として『海音集』『其木がらし』がある。

その他の特記事項

池西言水は40歳頃に詠んだ「凩の果てはありけり海の音」の句で評判を呼び、「木枯の言水」と呼ばれるようになった。この句は木枯が行き着く果てが海であることに気づいた着想が評価され、言水を代表する句となった。言水自身も「我木枯のなくは人生のあらまし二つの海のこころも述たり此句を辞世とすべし」と述べ、この木枯の句を辞世とした。墓碑にもこの句が刻まれている。

後世においても、この凩と海の句にならって夏目漱石や芥川龍之介も凩と海の句を詠んでいる。松尾芭蕉以降の俳人たちとは異なり、珍しい季語を詠み込むことの多い作風であった。

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参考にさせていただいたWebサイト様
池西言水の有名俳句 20選|江戸時代の俳人|俳句の特徴や人物像・代表作など徹底解説 -- 俳句の作り方・俳句の教科書 池西言水 -- Wikipedia 池西言水 -- インターネット俳句

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名池西則好
別号兼志 紫藤軒 洛下童 鳳下堂
通称八郎兵衛
生没1650 〜 1722

基準
向き
件数

現在、52句の俳句が登録されています。

    • 鎮花祭 はなしずめまつり
      季節: 春(晩春) 分類: 宗教(神道)
    • 文藝春秋 最新俳句歳時記 春
      p.363
    • 沖膾 おきなます
      季節: 夏(三夏) 分類: 人事(飲食)
    • 平凡社 俳句歳時記 夏
      p.319
    • 稲架 はざ
      季節: 秋(晩秋) 分類: 人事(労働)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 秋
      p.76
    • 秋の蛙 あきのかわず
      季節: 秋(仲秋) 分類: 動物(両生類)
    • 平凡社 俳句歳時記 秋
      p.405
    • 芋 いも
      季節: 秋(三秋) 分類: 植物(オモダカ目)
    • 角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 秋
      p.170
    • 年玉 としだま
      季節: 新年(新年) 分類: 人事(行事)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 新年
      p.35