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俳人の説明

管理人による説明

大正から平成にかけて活躍した俳人。内観造型論を提唱し、「秋」を主宰して現代俳句に新境地を開いた。

生涯

石原八束(いしはら やつか)は1919(大正8)年11月20日、山梨県錦村二之宮(現在の笛吹市御坂町二之宮)に生まれた。父親は俳人の石原舟月(起之郎)である。本名は「登」であったが、病弱であったため生後一ヶ月で長命を願って「八束」に改名した。

幼時から病弱であり、三十代前半には大喀血し、結核療養の境涯を送ることとなった。1943(昭和18)年に中央大学法学部を卒業し、1945年には中央大学大学院法学研究科を修了した。学術・実業の世界の外にあって俳句世界に没頭していった。

1998(平成10)年10月に病床に伏し、闘病9ヶ月余ののち、同年7月16日に呼吸不全のため死去した。享年78歳であった。妻の洋子は難病のため十年余にわたって闘病を続けた末に亡くなっていた。神奈川県横浜市鶴見区の大本山総持寺墓所に埋葬された。

俳句歴

1937(昭和12)年、父の師であった飯田蛇笏に師事し、「雲母」に投句を始めた。蛇笏は現在の笛吹市境川町において俳誌「雲母」を主宰していた。戦後、東京世田谷の石原舟月宅に「雲母」発行所が移転され、1947(昭和22)年より八束は蛇笏の子息・飯田龍太とともに「雲母」編集に携わった。

1949(昭和24)年より三好達治に師事した。第一句集『秋風琴』は三好の命名によるものである。1955年に同句集を刊行し、1960年より三好を囲む「一、二句文章会」を自宅にて毎月開いた。

1956(昭和31)年、「馬酔木」に「内観造型への試論」を発表した。八束は病弱な境涯の中で、蛇笏の主観写生に学びつつ人間の内面を注視する作風を獲得していった。その持論である「内観造型」は、外的な自然を諷詠するのではなく、自然の中に身を据えながら人間の内部を見ることを説くもので、「詩心は内に沈み、句境はこれを内に求め、自ら常に内心をさぐって、内観の鋭さを磨き、内観の自在な表白として作品を詠う」ことを論じた。ただ単に植物を写しただけの俳句には興味を示さず、「自然の中に作者が身を据ゑ、この窓を通して人間といふ内部を見る」という内観造型論を提唱して現代俳句に新境地を開いた。

1961(昭和36)年、俳誌「秋」を松澤昭と共同で創刊し、のちに主宰した。その境涯性を持つ句風は、「くらがりに歳月を負ふ冬帽子」(『空の渚』所収)などの代表作に表れている。後年には「黒凍みの道夜に入りて雪嶺顕つ」(『黒凍みの道』所収)などに代表される暗喩的・象徴的な句風に発展した。

晩年は「宇宙感覚」と自ら呼ぶものを重視し、エジプトや中国への旅を重ねて「わが詩の仮幻に消ゆる胡砂の秋」「ナイル河の金の睡蓮ひらきけり」(ともに『仮幻』)などの句を得た。

その他の特記事項

1976(昭和51)年、第六句集『黒凍みの道』で芸術選奨文部大臣賞を受賞した。1984年には紫綬褒章、1988年には「駱駝の瘤にまたがって」で中村星湖文学賞を受賞し、日本経済新聞社俳壇選者となった。1990年には東京新聞俳壇選者となり、1992年には勲四等旭日小綬章を受章した。1996年に第9回現代俳句協会大賞、1998年には『飯田蛇笏』で俳人協会評論賞を受賞した。

現代俳句協会および俳人協会で顧問を務め、日本文芸家協会会員、日本ペンクラブ会員でもあった。句集として『秋風琴』『雪稜線』『空の渚』『操守』『高野谿』『黒凍みの道』『藍微塵』『風信帖』『風霜記』『白夜の旅人』『雁の目隠し』『幻生花』『仮幻』などがあり、評論として『現代俳句の幻想者たち』『現代俳句の世界』『飯田蛇笏』など、詩人論として『三好達治』『駱駝の瘤にまたがって 三好達治伝』などの著作がある。

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参考にさせていただいたWebサイト様
石原八束 -- Wikipedia 雲母(雑誌) -- Wikipedia 石原八束 -- 著者で探す

参考にさせていただいたWebサイトの制作者様、誠にありがとうございます。貴サイトの貴重な情報により本データベースの充実を図ることができました。この場をお借りして心より感謝申し上げます。

バイオ

性別男性
本名登
生没1919 〜 1998

基準
向き
件数

現在、26句の俳句が登録されています。

    • 流氷 りゅうひょう
      季節: 春(仲春) 分類: 地理(水辺)
    • 角川ソフィア文庫 第5版増補 俳句歳時記 春
      p.56
    • 初詣 はつもうで
      季節: 新年(新年) 分類: 宗教(神道)
    • 角川ソフィア文庫 第4版増補 俳句歳時記 新年
      p.80